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腐食抑制剤
 
腐食抑制剤(inhibitor)とは腐食環境において少量添加することによって、金属の腐食を著しく減少させるような無機又は有機薬品をいう。従来、腐食抑制剤として研究され、発見された物質は文献に、また商品として多数発表され市販されている。
腐食抑制剤は腐食環境として、水溶液、酸性溶液、アルカリ性溶液、有機性溶液中で金属の腐食を防止するばかりでなく大気中の腐食を防止する目的に、広い範囲に開発されてきている。
腐食抑制剤は古くは無機系の抑制剤が使用されていたが1872年頃MarangoniおよびStephonelli
が精油からの有機性物質が酸による鉄の腐食を防止する事に役立つ事を発表し、有機系抑制剤の研究がなされた。
その後1920年頃に窒素、ひ素、りん、いおうを含有する有機化合物が有効な腐食抑制剤であることが知られた。

腐食の抑制機構に関しては、腐食抑制剤の種類、腐食環境すなわち、腐食溶媒、金属によって抑制剤の挙動はそれぞれ異なっているので、総括的に抑制剤の抑制機構を解明する事は困難である。
したがって腐食抑制剤の金属に対する抑制機構には種々の説が提出されている。
大別すると、吸着説、過電圧説、皮膜説などに区別され、これらの根底をなすものとして電気化学的な腐食理論の上に立った抑制機構の理論づけがなされている。
一方これで解明できない腐食抑制機構に関しては、化学結合による不動態化による理論があり、両者が抑制機構の主体といえる。 電気化学的には抑制剤がアノード反応を支配するか、カソード反応を支配するかによって、それぞれの分極作用で抑制機構を一層明確に表明することもある。

金属の腐食は、一般に電気化学的な解釈がなされ、
カソード(cathorde)地区では次の反応が生ずる。     アノード(anode)地区では

1936年Mannは窒素を含む脂肪族アミン、芳香族アミン、異節環状窒素化合物、およびイオウを含むメルカプタン、酸素を含むアルデヒド、ケトン類は極性基を有する炭素鎖化合物で、酸溶液中で金属表面に吸着し、抑制作用を示すもので、これらの抑制剤は容易に+に電荷したoniumionに電離して、金属表面の陰極地区に吸着して、吸着膜を形成し、酸性溶液からの金属の腐食を防止すると発表している。
金属表面に吸着し生成された皮膜の腐食抑制性能はHイオンの放電を阻止することにより過電圧を上昇させ、一方陽極から金属の溶出を防止する効果によるもので、それは抑制剤の分子の極性基、分子配列、分子密度および吸着速度などにより影響される。
抑制剤の中では金属の陰極地区に吸着して、陰極反応を支配するものと、陽極地区に皮膜を生成し、金属の腐食を阻止するものがある。実例として脂肪族アミン、および芳香族アミンは陰極反応を阻止し、水素過電圧を高める


この吸着皮膜は単分子層を形成する。
これらアミン類の分子量と、その分子構造によって性能は異なるが、一般的に次の順位を示す。
  propylamine>ethylamine>methylamine>xylidine>toluidine>aniline
2級アミンは1級アミンより腐食抑制性能は優れ、3級アミンは更に性能は良い。
  N(CH3)3>H2NC3H7        N(C2H5)>HN(C3H7)2
イソ結合(iso−chain)と直鎖結合(normal chain)のそれぞれの化合物の抑制性能は一般に前者は後者に劣る。
芳香族にては、性能は次のごとくである。

 
金属表面を緻密な皮膜の生成によって、金属を腐食環境から絶縁させる抑制剤について説明する。
これは中性あるいはアルカリ性溶液中における無機抑制剤、例えばクロム酸塩、縮合りん酸塩による鉄の腐食抑制作用および酸溶液中の有機イオウ化合物などは金属と不溶解性化合物の皮膜を生成して金属の腐食を防止する。クロム酸塩による水溶液中での鉄の腐食は鉄表面の酸化によるγ-Fe2O3の生成による皮膜と考えられる。これは次の反応式で表わされる。
  2Fe+2Na2CrO4+2H2O → Fe2O3+Cr2O3+4NaOH
縮合りん酸塩は金属表面の陰極地区にて金属と錯体を作り、難溶性の保護皮膜を生成する。
Mann,Lawer&Multinはアミン系の抑制剤を硫酸溶液に添加し、その中に鉄試片を16時間侵漬した後、抑制剤の添加していない硫酸溶液に入れて、性能の経時変化を測定して、アミン系皮膜生成について考察した結果を下表に示す。

  浸 漬 液 抑  制  率 (%)
 ジメチルアミン  ジブチルアミン  トリエチルアミン
4時間後抑制剤のない酸液
8時間後抑制剤のない酸液
16時間後抑制剤のない酸液
99.26
99.21
99.19
76.27
98.4
96.9
92.7
74.8
99.31
99.74
79.24
71.32

塩酸溶液中ではアミン系抑制剤は
ferric chlorideと反応してmethyl amineでは[CH3NH3][FeCl4]nH2O
trimethylamineでは[(CH3)3NH][FeCl4]nH2Oの不溶解性化合物の保護皮膜を生成することが発表されている。
Lenny Hugelは酸性溶液中で鉄の抑制剤としてmercaptanを使用したとき、硫化鉄の皮膜を生じた事を発表した。以上の金属の腐食抑制機構については吸着説、過電圧説、および皮膜説などによって解析される。

金属の大気中の腐食は従来塗料、メッキ、耐食性皮膜金属表面の皮膜にとって腐食の進行を阻止してきている。大気中の腐食の系統的研究はVernonよってなされている。大気中の湿度と大気中の不純物腐食が進行することを示している。
 
右図に示されているように、一定温度で大気の相対湿度が60%までは空気中での鉄の腐食は極めて少ないが60%より80%までは次第に湿度の上昇とともに腐食が増加し、相対湿度80%以上では腐食は著しく進行する事を示している。Vernonはまた大気中のゴミが腐食に影響するかについて試験を行った。モス布で被覆した鉄片と被覆しない鉄片の大気中での腐食の進行を調べた結果、被覆しない鉄片の腐食が著しく大きい結果を得た。また工業地帯ではCO2、SO2、H2S、NO2などの大気不純物の含有率が多い為に、その濃度の増加に比例して腐食は一層促進された。
海岸に近い大気中ではNaClミストを含有するので腐食は増大される。
大気中のこれらの腐食に対しての腐食抑制剤は大略次の二つに区別される

 1)non-volatile inhibitor
 2)volatile inhibitor
non−volatile inhibitorはまた次の二つに区別される。
 a)contact inhibitor:金属の表面に接触させて作用するもの。
 b)spreading inhibitor:金属表面の湿気中に急激に拡散する抑制剤。
volatile inhibitorは気相、または蒸気中で金属の腐食を防止するもので、蒸気圧の高い抑制剤でvapour phase
inhibitorともいう。これは包装紙に含浸されて、包装紙と内容物の空間に蒸発してこの蒸気で完全に空間が飽和され、内在金属の腐食を阻止する。
volatile inhibitorは最初にShell社の英国特許でnitrite有機化合物で、この抑制剤のvaper presserは21℃で0.0002〜0.001mm/Hgの範囲であった。代表的な物として、trimethylsulphonium があげられている。
また亜硝酸の有機エステルやチオ亜硝酸の有機エステルも、この種の抑制性能を有し、特にdialkylamine nitriteとmorpholine nitriteは良い性能を示した。

ソ連ではdiisopropylammonium nitrite,およびdicyclohexyl−ammonium nitriteについて発表され、前者は鉄、クロム、モネルメタル、およびスズには有効であるが、銅および銅合金、銀、アルミニウム、アンチモン、鉛、亜鉛に逆に悪い抑制性能を示した。
dicyclohexylammonium nitritは154.4℃で溶融し、臭気がなく1gで室温で566m での空間を飽和させる事が可能で防錆グリース防錆紙などに使用されている。
1.7%diisopropylammonium nitriteは+0.4%etanolamine salicylateか0.1%sodium mercaptobenzthiozaleは優れた性能を示す。
Wachter&Skeisのデーターによればalkylamine nitrite と carboxylic acid のalkylamine saltの混合物はvolatile corrosion inhibitorである。
英国特許ではcyclohexylamine carbonateは鉄、亜鉛、およびクロムメッキには腐食阻止の効果を有するが、銅、マグネシウム、カドミウムには腐食抑制効果はない。Balezin,& Barannikは大気中の金属の腐食阻止にmonoetanolamine carbonateを包装紙やグリースに含浸して試験した結果、鉄に対する防食には優れているが、銅、ニッケル、およびこれらの合金にはかえって腐食を生じた。dicyclohexylamine carbonate は鉄、鉄合金、銅及び銅合金にも腐食阻止の性能を示した。

腐食抑制剤について参考文献として防食技術ハンドブック(奥田著)から抜粋いたしましたが電気接点材料の場合は全くこれらとは違うものが多く、また毒物/発ガン性物質などが含まれる為、実験をされる場合など充分ご注意下さい。
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